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『安平古堡』その① <台南>

臺灣芒果的旅遊


安平古堡、入口に到着。

早速入りましょう。



安平古堡


台南市安平区国勝路82号
電話:06-2267-348
入園料:大人50元、小人25元
オープン時間:8:30~17:30
こちらがチケット↓50元です。



高い煉瓦の壁から中の様子が少しだけ見えます。

立っているのは鄭成功の像ですね。



入口手前、向こうの方に人が集まっているので、何かな~、と思って見てみますと、

鯉でした。
台湾、鯉好きだねぇ。

ここの鯉もやっぱりでっかい!
だから、餌のやりすぎだってば~。



と、鯉は置いておいて中へ入ります。

入ってすぐの所に座っている人がいます。

ボランティア(無料)で案内してくれる方たちです。
日本語があるかどうかは不明・・・。
あればラッキー!ってことでお願いしてみるのもいいかもしれません。



古堡石碑と鄭成功の像を見て、城跡の方へ参ります。
 

鄭成功についてはこちら↓をどうぞ。
鄭成功
明を擁して清に抵抗したが、明が滅び、清への抵抗運動を立て直すため台湾へ渡り、当時台湾を占拠していたオランダを追放し、台湾に於いて初めて漢人による政権を樹立した人です。(え?端折りすぎ?)


安平古堡についてはこちらに詳しく書かれていましたので、参考に。。。
安平港国家歴史風景区サイトより

台湾城は王城、赤崁楼または平安城と称す。オランダ人が1624年から1634年にかけて建てました。
オレンジ城と名づけられたがゼーランジャ城と改名され、早期漢人はオランダ人のこと「紅毛」と呼んでいたため、「紅毛城」とも呼ばれました。
戦後、「平安古堡」と称し、現在に至ってこの名を使用されています。

オランダ占領時代、台湾城は台湾を統治する政治と経済の中心であり、清の康熙年間、台湾を版図に納め、政治の中心は府城内に移り、台湾城は次第に軍事価値を喪失しました。沈葆が建造した億載金城時に台湾城の壁を壊して、そのレンガで建てられました。

日本統治時代、安平税関の寮を建てるため、台湾城の跡が完全取り壊されました。そして台湾城の跡にレンガで土台を建てられ、土台の中央に洋式建物が建設されました。これが今日お馴染みの安平古堡です。
最古の台湾城は300年以上の歴史の変遷を経て、現在ではわずかに残る城の壁や垣、レンガの土台、陳列館、展望台と台湾城の壁遺跡公園となっています。

【城壁遺跡】:城外は現台南市永漢民芸館のそば、高さは10メートル余りです。
壁はもち米汁、砂糖水、牡蠣の殻をかき混ぜたレンガで造られました。
赤いレンガはオランダ占領時代に、インドネシアジャワ島から運ばれてきました。薄い色のレンガは、鄭成功が増築のため中国の福建のアモイから運ばれてきました。
現在、城壁の上には、当時用いられた壁鎖の鉄器の痕跡があり、柱の鎖と地震の災害防止のためにその形状は下を向いたはさみのような凹があります。
清の軍隊が駐屯地を建てるときに掘られた四角い穴は柱を置く場所となります。

ゼーランジャ城は1624年から1634年にかけて建設されました。
完成した際、城が城外と城内を分けられ、城内は正方形で地上と地下合わせて3階建てであり、地下一階は倉庫となります。
2階の天井の四方に砦があって、その間に北門、東門と南門となり、北門にT’CASTEEL ZEELDIA GEBOUWED ANNO 1634(ゼーランジャ城は1934年に建てられた)という文字が書いてあります。

城の北側には小さい門と階段があり、そこから地下の火薬倉庫に直通することができます。2階と1階の間に突出する砦は展望塔が付設され、また各砦には砲台があり、計大砲5つがあります。
台湾城はもち米汁、砂糖水、砂と牡蠣の殻の粉で調和し建設されました。
現存の城の壁と半円形の砦一部が残されていて、中規模城最大である安平古堡跡です。

大砲が見えたのであちらへ行ってみましょう。


うーん、読めない・・・。

大砲の置いてあるところから下を眺めた景色。

と、上の見上げた景色です。


グルっと回って階段の上にある建物の方へ行ってみます。

ん?
この木は支え無しでは立ってられないんでしょうか???

それにしても、支えの棒、ゴツすぎの無骨すぎでしょ

階段を登ったところから。

さっき見た大砲の所も見えます。


プルメリアの咲く木陰でちょこっと休憩♪


ちょうど満開に時期だったのか、園内にたくさん咲いていましたよ。



つづきは休憩してからね。。。



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