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『Mahishamardini (Mandap) Cave-マヒシャマルディニー・マンダパ窟』 【マハーバリプラム】

南インド-South India

【MAP】

次に行きましたのはこちら

Mahishamardini Mandap-マヒシャマルディニー・マンダパ窟
長~い参道の向こう側、花崗岩の丘の上に石窟寺院が見えています。

マハーバリプラムをはじめ、インド南東部一帯に 60もの石の寺院を残したパッラヴァ朝は、
起源は不明であるが北方からきて、はや 4世紀には確立していたらしい。
6世紀後半から 7世紀にかけてインド半島南東部、現在のタミル地方に勢力を広げ、
バーダーミのチャルキヤ朝やインド南端のパーンディヤ朝と覇権を争った。
その首都はマハーバリプラムの西方65キロメートルのカーンチープラムにあったが、
海洋貿易の基地として、このマハーバリプラムの港町が 6世紀頃に開かれた。
最も栄えたのはナラシンハヴァルマン1世(在位 630~668頃) の時代で、
王には「偉大なる戦士」という意味でマーマッラ(マハーマッラ)の尊称が与えられていたため、
この町はマーマッラプラムと名づけられた。
タミル商人はここから、スリランカや東南アジアにまで進出していったのである。
パッラヴァ朝はヒンドゥ王朝であったので、マハーバリプラムの遺構はすべてヒンドゥ教寺院とヒンドゥ彫刻である。
この町の裏側にそびえる岩山に石窟寺院を造営したのは、おもにナラシンハヴァルマン 1世の時代であった。
柱は当初太い四角柱であったが、しだいに細身となって、柱脚にはパッラヴァ朝の象徴でもあるライオンが彫刻されるようになる。
のちの時代には立ち上がるライオン柱となるのだが、ここではまだライオンはしゃがんでいる。
もっとも規模の大きいのはパンチャパーンダヴァ・マンダパ窟で、両端の付け柱を除いて6本の柱が 2列彫り出されている。
その奥は左右がもっと深く彫り進められているが、中央祠堂は未完成のままで、拝堂の壁面にも彫刻がほどこされていない。
4本の繊細なライオン柱を正面に配したヴァラーハ・マンダパ窟は、小窟ながら拝堂の壁全面に彫刻がほどこされた、
密度の高い石窟である。ヴィシュヌ神に献じられていて、左側の壁にはヴァラーハ(野猪)に化身して
海の深淵から大地を支えているヴィシュヌ神が描かれ、
後ろ側の壁にはヴィシュヌの神妃で幸運の女神ラクシュミーに象が潅水(かんすい)するレリーフ彫刻がある。
またマヒシャマルディニー・マンダパ窟では、シヴァの神妃で8本の腕をもつ女神ドゥルガーがライオンの背に乗り、
水牛の姿の悪魔マヒシャを退治する場面が浮き彫りで描かれている。
「神谷武夫とインドの建築」より引用



参道の途中にもでっかい岩が。。。

でっかい岩の上で昼寝(?)してる人も。。。

上に見える建物を目指す、、、

、、、前に、その下にある石窟寺院へ行きます。


中に入ります。
ライオンの柱と、彫刻が施された壁面を見ることができます。


正面から見て左側の壁、蛇のカウチで広大無限の安眠を行う様子のクシュリナ神。
クシュリナ神の上には平和の象徴である天子像。

右側の壁、ドゥルガ神が牛の姿の悪魔(マヒシャマルディニ)と戦う姿。

ドゥルガ神の戦いによって平和が訪れ、↑のクシュリナ神が安眠を得ることが出来た、という事だそうです。

正面から見ると左右と真ん中に入口のような穴が3箇所あります。

左右には何もありませんでしたが、真ん中には
こんな彫刻がありました。

窟内から外を見たところ。

正面にある大きな岩。
何コレ?彫りかけなん?

こちらは『新灯台(New Light House)』
2時~4時の間開放されていて灯台からの景色を見ることが出来るそうです。
(この時は時間外でした)
防衛上の理由で灯台からの写真撮影は
なんだって。

で、最初に見た建物の方へと行くワケなんですが、の新灯台に対して
『旧灯台(Old Light House)』と言われているんですけど、うーん、灯台には見えないんだけどなぁ。。。



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