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淡水紅毛城、その②『安東尼堡-Fort Antonio』

2011年4月2日~5日、台湾

淡水紅毛城


紅毛城(こうもうじょう)は古くはセント・ドミニカ城(聖多明哥城)、アントニー要塞(安東尼堡)と称され
台湾台北県淡水鎮に残る古跡。
1628年、当時台湾北部を拠点としていたスペイン人により建設され、スペイン勢力撤退後はオランダ人により1644年に再建された。
1867年以降はイギリス政府に租借され、当時のイギリス領事館が業務を開始し、
それは1980年に中華民国政府に所有権が移管されるまで続いた。
紅毛城は台湾に現存する最古の建築であると同時に、内政部により国家一級古跡に指定されている。
Wikipediaより引用


【台湾のベニスと呼ばれる淡水の紅毛城】
十七世紀初め、台湾に目をつけたスペイン人が淡水に侵入し、淡水河口の丘の上に、サントドミンゴ城を建設した。
スペイン人を撃退したオランダ人は、その城跡により堅固な城砦を築いた。
当時の台湾住民は西洋人を紅毛と称したことから紅毛城と呼ばれた。

オランダ時代の紅毛城は光彩を放ったが、明代に至ると淡水は流刑地となり、紅毛城が 廃棄された。
清大初期、台湾は正式に清朝の版図に入り、紅毛城は再度淡水河口の防衛基地となる。
清末、イギリスやフランとの戦いに敗れて、淡水は開港され、イギリス人が紅毛城を英国領事館として使用するようになりました。
主城東側に領事官邸が建てられ、紅毛城は各国人士交流の場となる。
紅毛城はもともと灰色の建築だったが、英国人によって赤色に染められる。
紅毛城の「紅」はもともと建物の色とは関係がない。
台湾観光comより引用

まずは目の前の赤い建物へ。

中にあった模型を見ると分かり易いかな?
模型左部分の端っこにある小さい入口を入ると、、、

少し広場になっている部分があり、その横に小屋(?)が建っています。
厨房などが入っている小屋でした。

広場にあった像。
写真を撮ってますと、係員のオバちゃん(?)が、「荷蘭人!、荷蘭人!」って言ってましたからオランダ人さんなんでしょう。

広場の所から横の建物の1階部分に(地下か?)入れました。
中には囚人を収容する場所がありました。
img_4 (1) img_5 (1) 
どうも直接階上部分へは上がれないようなので、一旦外へ出て上の部屋へ参ります。

あ、後になってしまいましたが、ここの建物の名前
です。

ここにも模型。
この模型は今いる場所の建物ではなくて、中庭を挟んだ隣の建物のヤツね。

ほら窓から隣の建物が見えるでしょ~。
中庭のところでは子供向けのアトラクションがあった模様で、lemoさんの愛息ミッキー君も待ってる間
このアトラクで楽しんでいてくれていたよう
でホッ。。。
ミッキー君、待たせちゃってゴメンね~。

船もあります。
こんな船でヨーロッパからアジアまで来てたんですね。
何となく帆船って新大陸発見!とか、種子島に漂着!とか、そんなイメージが。。。
(↑貿易船とかもあるでしょっ!

ここの建物からの淡水の景色もナカナカですよ。


では、さっき窓から見えた隣の建物の方へ行ってみましょう。





つづく。。。




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