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淡水紅毛城、その③『旧英国領事官邸』と『理学堂大書院』

2011年4月2日~5日、台湾

淡水紅毛城

淡水紅毛城①
淡水紅毛城②『安東尼堡-Fort Antonio』

安東尼堡(Fort Antonio)を出て、大砲の並ぶ中庭を通って隣に建つ建物の方へ。

17世紀前半に建設された安東尼堡(Fort Antonio)に対して、19世紀中頃に置かれたこの建物(旧イギリス領事官邸)は
少し感じが違います。

1629年、スペイン人が淡水河口の丘の上にサントドミンゴ城を建設。
スペイン人が撤退後、オランダ人が、城砦をさらに強固なものとしました。
当時、台湾で西洋人は紅毛人と呼ばれていたことから、紅毛城と呼ばれるように。

1662年、鄭成功がオランダ人を駆逐した後、紅毛城は鄭氏の支配を経て、清朝の支配下に。
清時代に顧みられなかったこの城は、1851年の淡水開港後、イギリスの租借地となる。
1867年、英国領事館が設置され、アントニー要塞の東側に、新たな領事館が建てられました。
向こうの方に観音山が見えますよ。

中に入るとリビング、書斎、、、
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台所やダイニングがあります。
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2階にも上がれるようですね。
階段を登って2階に上がった人数がカウントされてるのが何だか面白い。

2階の展示は馬偕さん(George Leslie Mackay)とカナダに関する物でした。
馬偕さんは宣教師として台湾に派遣され、宗教、教育、医療において優れた 業績を残した人です。
カナダに移民したスコットランド人という事なのでカナダの展示がされているのかな?
ちなみに、台北市内(雙連站)にも大きな馬偕病院があります。

建物を出るとちょっとしたカフェテリアのようなスペースがあり、、、

その向こう側に大学(真理大学・OXFORD COLLEGE)があります。

台湾に渡った馬偕さんは淡水を布教活動の拠点とし、教育活動も熱心に行ったそうです。
故郷のオンタリオ州オックスフォードで資金を集めた馬偕さんは「理学堂大書院(OXFORD COLLEGE)」
(現・「牛津(オックスフォード)学堂」)を造りました。
これが現在の真理大学の基礎になっているのだそうです。

大学のキャンパスの中にその『理学堂大書院』があるようですね。



ちょっと入ってみましょうか。。。

キレイに整備されたキャンパス中庭の奥に『理学堂大書院』がありました。

中に入るには時間がちょっと無さそうなので、外から見ただけですけど。
歴史を感じますね~。
馬偕さんは、台湾の女性と結婚し、そのまま定住されたそうです。

さて、一通り紅毛城も回りましたし、lemoさんと合流しましょう~。

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