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『聖ペトカ教会』&『聖ゲオルギ教会』 【ブルガリア、ソフィア】

Република България

スヴェタ・ネデリャ広場を交差する大通りに陥没したように建つ、こちら

聖ペトカ(地下)教会-Tsarkva Sveta Petka(Света Петка Самарджийска)


通称聖ペトカ教会あるいは聖ペトカ地下教会は中世ブルガリアに建てられたブルガリア正教会の聖堂。
ブルガリアの首都ソフィアにある。

聖ペトカ教会は一室の身廊を持つ小さな聖堂で、その高さの半分ほどは地面を掘った穴の中にある。
教会はかつても今もソフィアの中心部となっている地区に建っており、
現在はツム・デパート(ЦУМ、TZUM)の地下道に接続している。
教会はその半円柱型のアーチ型屋根、球形のアプス、そして第二次世界大戦後の発掘により発見された地下聖堂などを有する。
その外壁は1メートルの厚さがあり、石とれんがによって出来ている。

聖堂はオスマン帝国の支配下であった16世紀に登場し、かつての古代ローマの宗教施設の跡に建造されている。
こんにちでは14世紀、15世紀、17世紀、19世紀の壁画で知られる文化的遺産である。

聖堂はブルガリアの聖ペトカ(Петка Българска、Petka Bulgarska)と呼ばれる11世紀の聖人に捧げられたものである。
また、「馬具工」という呼称は、教会が中世に馬具工たちの守護者となって機密を行ったことに由来する。

一説によれば、ブルガリアの国家的英雄ヴァシル・レフスキ(Васил Левски、Vasil Levski)は
ここで埋葬されたとされている。
この説はレフスキに関するニコライ・ハイトフ(Николай Хайтов、Nikolay Haytov)の研究によって支持され、
さらに1956年の発掘調査によって裏付けられている。発掘調査では地下聖堂に幾らかの人骨が見つかっている。
しかし、1980年代にブルガリア科学アカデミー(en)の考古学部門はこの説を支持せず、厳しい論争を引き起こした。
この説に関してはいまだ結論は得られていない。
Wikipediaより引用

地下鉄の駅に通じる地下道を通って行くと教会の場所に出られます。

入り口は更に下に・・・。


img_3 (2) img_4 (1) 

入場は2Lv、ここは珍しくカメラ(撮影)の料金が提示されていたのですがそれは10Lv(約5€)
入場に対して高すぎだったので払いませんでした。(ケチ?)

当時はオスマン朝、イスラムの勢力が強く、イスラム寺院より高い(立派な)教会を建てることが禁じられていたために、
このような状態で建てられたのだそうです。

中に入ると更に下へ降りる狭い階段があり、そこが聖堂となっています。

ガイドブックや↑上記Wikipedia の説明でも壁画が素晴らしい!となっているのですが、
見た印象としてはかなり煤けて見づらいと思いました。(内部は暗いし)
10Lv払って写真撮ってもちゃんと写るかどうか、、、といった感じ。
ちゃんと修復されれば、と思ったのですが・・・。

こちらは後ろ側、石が積み上げられて造られてる様子が良く分かります。

道路より低くなってるの分かります?
道路の下の部分は地下道(地下鉄駅につながってる)です。

この辺りで雨が本格的に降ってきました。
うーん、ヤバイ。。。
とりあえず雨ニモマケズ、次へ行きます。

次に向かったのは先ほど広場正面に見えていたシェラトンホテルのちょうど裏側あたり。


聖ゲオルギ教会-Sveti Georgi(Свети Георги)

最初に建てられたのは4世紀末、コンスタンティヌス帝の治世下のローマ帝国によってであるらしい。
後に(10世紀頃)、キリスト教の礼拝堂として再建されたのだそうです。
ソフィアでは最古の教会で内部には10~16世紀頃に描かれたフレスコ画が見られます。
こちらも内部は撮影できません。
中へ入る手前入り口の部分。
アーチが残ってるのがローマの建築物っぽいですね。
中の壁画は先ほどのペトカ教会よりは見やすい状態でしたが、結構剥落部分がありました。
(フレスコ画部分の写真のあるサイトがありましたので参考まで
София храма『Свети Георги』фрески
外へ出て裏側の方へと回ってみます。


裏側にはローマ時代の浴場跡が残っています。

前方にシェラトンホテル、後方に大統領官邸と、ビルの谷間に挟まれた場所にある不思議な感じの空間でした。
まるで都会の真ん中でここだけ時間が止まってしまったかのようです。





あぁ、ますます雨が激しくなってきました・・・。


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