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堺・旧市内(その2)【堺・街あるき】

堺歩きです。。。



前回はチン電通り(旧紀州街道、旧紀州街道の堺の部分は『堺大道筋』とも言い、オカンなどは「大道筋(だいどうすじ)」と呼ぶ事が多いです)の寺地町駅あたりから北の方へ歩いて行きました。
チン電の駅を一つ分歩くと『宿院(しゅくいん)』という所に出ます。

宿院は大道筋(だいどうすじ)と『フェニックス通り』と言う大通りが交差する辺りです。

通りには100本以上ものフェニックスの木が植えられています。
これが名前の由来ですが、この木は堺大空襲があった後、復興の象徴として植えられたものです。



さて、フェニックス通りを渡って少し行きますと、大道筋沿いにこんな物を見つけることが出来ます。

与謝野晶子生家跡』です。

与謝野晶子については有名人なので説明は割愛(←手抜き?)

と、手抜きになってはイカンので少しだけ。
堺の老舗和菓子屋『駿河屋』の三女として生まれたのですが、この『駿河屋』というのは現在ある『総本家駿河屋』(本社・和歌山)とは別物です。
彼女の生家は『堺駿河屋』です。(豆知識?)

また、彼女の出身校である『堺女学校』は我が母校の前身です。(え?どうでもいい?)
一応、先輩になるワケですな~。

歌人であった彼女の歌碑は市内(旧市内)に点在しています。
興味のある方は歌碑巡りも良いかもしれません。

ここはそのうちの一つ。



海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女(をとめ)となりし父母(ちちはは)の家


海が恋しい。潮騒が遠くで鳴り響いてゐるのを聞きながら育ち乙女となった父母の家が恋しい。
という意。
27歳の時の歌で初出は『明星』(明治37年)
明治37年に上京した彼女が望郷の念で詠んだ歌です。
昔は今より海岸線が東寄りで(後に埋め立てなどで海岸は当時より西側へ移っている)今より潮騒が良く聞こえる環境だったんでしょうね。





さてさて、大道筋から西側へ一筋入ります。

お!
何か昔の洋館(?)といった風情の家屋があります。

↑その隣にあるのはこちら↓

本家小嶋芥子餅



これも説明するとややこしいのですが、しないともっと分からないので説明します。
堺の名物である『芥子餅』(こし餡を餅で包んだ物の表面を芥子の粒で覆ったお菓子)と言うのがあるのですが、この芥子餅を扱う店で有名なのが2軒あります。
1軒はこちらの『本家小嶋芥子餅』、もう1軒が大道筋にある『(株)小島屋』(堺名産けし餅本舗)
同じ「こじま」ですが漢字が違います。

ワタシ自身はそんなに饅頭類を食べないので違いが分からないんですが、母方のばぁちゃん(和菓子関係の家)が言うには、↑の『本家小嶋』の方が手作りで美味しい!と言います。
どなたか味に違いの分かる方、食べ比べてみてください

『(株)小島屋』の方は結構大きなデパートなどでも出店しています。(関空にもあった気がする)
『本家小嶋』の方は地元のスーパーなどで1軒見たことがあるものの、他にはあまり出してないかも!?

ちなみに店構えなどが立派なのは『(株)小島屋』の方で、本店2階の茶房でお茶と一緒にいただけるスペースがあります。
↓『(株)小島屋』の店舗、チン電の向こう側に写ってるやつです。

12時~17時で、窓の外にチン電を見ながら食べることの出来るスペースのようです。



そして、今回こちらの『本家小嶋』の方で芥子餅を買おうと思ったら、すでに売り切れで閉まっていました・・・

営業時間には余裕で間に合ってたんですけどね。。。

ぜひに!と言う方は予約して行くのが宜しいかと思います。
【MAP】





ってな感じで今回はこの辺で失礼します。。。


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