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南宗寺① 【堺・街あるき】

本日、文化の日、いかがお過ごしでしょうか?
普段『文化』に触れることの(あまり)無い生活をしておりますのでちょっとだけ『文化』に触れてまいりました。

久々のご近所散歩です~。



ちょうど今、こんな催しをやっているのですよ

堺文化財特別公開


公開されてるもの全部を見て回るのは大変なので(母も一緒だし)少しだけ回って来ました。

その中から幾つか紹介したいと思います。



まず最初に向かったのは、、、

南宗寺



堺市堺区南旅篭町東3丁-1-2
072-232-1654

にある『三好長慶』は信長より20年以上前に堺を拠点に畿内13カ国を治めた。
堺の繁栄は三好一族によってもたらされた(と言ってもいい)が、めまぐるしく権力が移り変わる戦国時代にあって、戦国時代後期には衰退した。

境内はけっこう広いのですが、まずは本堂のあるエリアへ行ってみます。



禅堂の横を通って受付のある方へ向かいます。

けっこう古そうな石塀。

ここ最近(11月だと言うのに)暖かいので、紅葉が遅れてる?



中へ入ります。
まずはこちら『坐雲亭』

説明は
をどうぞ(←手抜き)

何でこんなトコに徳川家康の名前が???

ま、伝説ではありますが、大坂夏の陣の時、茶臼山での激戦に敗れ逃げる途中に後藤又兵衛の槍に倒れたが、戦時中ゆえ秘密裏にその遺骸をここ南宗寺・開山堂下に隠し、後に久能山⇒日光(東照宮)へと移送したというのです。

ホンマかな?



次行きましょう。



『千利休之塔』


中央が千利休の碑、右側が不審庵(表千家)、左側が今日庵(裏千家)と官休庵(武者小路千家)の碑。

その左側にあるのが『武野紹鷗の碑』

武野紹鷗は利休の茶の師、丸い石の形は茶釜の形だそうな(?)

更に左側に『牡丹花肖柏の碑』

室町時代の連歌師。

反対側に『津田家の塔』

(津田家については後で…)



少し行った先にあるのは、
『三好家一門の墓』


その向い側にある無銘の塔。

その横、地面に埋まった石には
『無銘ノ塔 家康サン諾ス 観自在』の文字。

昭和20年の空襲で失われた『開山堂』(今は跡のみ)の床下にひっそりと置かれていた墓石の名残りだということです。

先へ続く回廊の左側が『開山堂跡』





すみません、つづきます。。。
(長くなっちゃった




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