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大安寺②(庭部分) 【堺・街あるき】

大安寺、続きです。

大安寺


堺区南旅篭町4-1-4

本堂から出てお墓の部分を通り抜け、開山堂の横の入り口から庭の方へと入れます。

近年、大掛かりな修復作業などが行われましたので、全体的に新しく綺麗です。


庭の回廊部分(入り口付近)から本堂建物の方を見たところ。


庭のぐるりが回廊のような造りになっているので回ってみます。

正面から本堂全体を見たところ。

黄色い服を着ているのは堺市の観光ボランティア。
色々と説明をしてもらえます(無料よ♪)

そういえば台湾へ行った時もこういった観光ボランティアの方がいて(大抵は年配の方)案内をしてくれるのですけど、仕事をリタイアしても持てる知識をこういう風に活用されてるのはいいですね。
多くは(もちろん)地元の人ですし、慣れ親しんだ町を知ってもらおう!といった感じでこちらも気楽に話しができます。

年をとったら、、、ワタシは出来ないですね(^^;)
キチンと覚えるの苦手だし(←勉強嫌~い…)知らない人と話するの苦手だし。。。



ぐるっと回って入り口と反対側まで来ました。
本堂内にも黄色の服の人が見えていますね。
(写真的にはどいて欲しいところだが…)



↑の場所からちょこっと奥まった場所にこんなのがありました。
<時雨寂露之水(しぐれじゃくろのみず)>

保存のために修復するのは良いことなんだけど、ピカピカになりすぎて『悠久の時』を感じられない、、、と思うんですけど。

↑の隣部分には2つの塔が置かれています。

キノコのような形のが『牡丹花肖柏(ぼたんかしょうはく)供養塔』、その奥が『松木淡々頭巾塚(まつきたんたんずきんつか)』

『牡丹花肖柏(ぼたんかしょうはく)供養塔』
牡丹花肖柏(1443-1527)は堺と縁の深い京都の公家出身の連歌師。
外出の時はいつも牛に乗っていたといわれ、江戸時代中頃に建てられたこの供養塔も牛に乗る形で作られています。

『松木淡々頭巾塚(まつきたんたんずきんつか)』
松木淡々(1674-1761)
大坂生まれの俳人。
堺に門人俳人を多数持ち、一時住まいもしていました。





庭の方へと戻りまして、、、

目の前にある石臼のようなものは、
<虹の手水鉢>

明治天皇行幸の際の碑

説明はこちら↓

残念ながら虹は確認できず。。。





最後にもう一度本堂部分を!

他の人がいなくなったのを見計らって縁側部分も♪





これで大安寺は終わりです。



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