byOSO001

カンボジア⑧

④現在のカンボジアの状況


正式名称、カンボジア王国(Kingdom of Cambodia)
首都、プノンペン
国土、日本の約半分。人口、1140万人(1998年の統計)
民族、クメール族が約90%以上、言語(公用語)はカンボジア語、宗教は殆どが仏教(上座部仏教)

主な産業は農業を主とした第一次産業が中心で、国民1人あたりのGDPは2000年の統計で253US$。

カンボジアはインドシナ半島に位置し、周囲をタイ、ラオス、ベトナムに囲まれていて、南はタイ湾に面しています。(タイ湾の向こう側はマレーシア、シンガポール)
歴史から見ても分かるように古くから周辺国との間では、争いも含めて政治的・経済的に深い結びつきがあります。現在でも輸出入の多くは周辺国からのもの、周辺国を経由したものが多いです。

1970年代以降、政治的・経済的に混乱した状態にあり国際社会から孤立、忘れられた存在にありました。しかし、1993年、UNTAC(国連カンボジア暫定機構)の活動により総選挙の実施、新憲法公布、シアヌーク国王即位、ラナリット第一首相、フン・セン第二首相の任命が安定した状況下で実施されました。その後、次第に落ち着きを見せ、クメール・ルージュ崩壊、及びポル・ポトの死亡により治安が急速に回復し、現在へと至ります。

日本政府は1992年に17年振りにカンボジア大使館を再開するとともに、UNTACへ自衛隊および文民警察官を派遣するなど、カンボジア復興に関して支援姿勢を見せています。
また、各国の援助額と比較しても、アメリカ、フランス、オーストラリアを抑えて最大の支援国となっています。(1999年・88百万ドル、2000年・81百万ドル。1992年から2000年までの無償援助・技術供与・円借款の累計は約900億円にのぼります)
そして、1994年より、日本政府アンコール遺跡チーム(JSA)を通じて遺跡の保存修復活動を行っています。
また、平成12年には(故)小渕総理、平成13年には秋篠宮殿下・同妃殿下が訪問しています。

カンボジアはタイ・ラオス・ベトナムに周囲を接していますが、周辺国との経済的な格差を考えるとGDPの比較でもラオスより低く、インドシナ地域でも貧しい国と言わざるを得ません。
(GDP比較;タイ…1985㌦、ラオス…273㌦、ベトナム…388㌦、カンボジア…253㌦[2000年統計])


また、社会インフラ整備も進んでいない状況で、医療施設が整備されていない事から乳幼児死亡率や妊婦死亡率は高い数値を示しています。同様に初等教育・中等教育の整備の遅れから識字率も低く、約半数の成人が文盲の状況にあります。上下水道の整備についてもまた同様です。
道路も未舗装のところが多く、一たび大雨や洪水が起これば各地で道路が寸断されてしまうこともしばしばあります。
通信事情も同じく、国際電話は相手が出なくても接続するだけで課金されるため、世界一高価であるとさえ言われています。

政治的・経済的混乱が長く続いたこともあり、あらゆる分野での人的・技術的・経済的資本が不足しており、何かを始めようとしても諸外国の援助なしには難しい状況にあるのが現実です。


カンボジアの主要都市は、首都プノンペン(人口;約100万人)、シェムリアップ(人口;約80万人)、バッタンバン、シアヌークビルなどです。近年はフランスを中心とした外国資本による高級ホテルなども主要都市に建設されています。また、コカ・コーラ社などの外国資本による工場建設・国内製造も行われています。
しかし、カンボジア国内には生産設備や貯蔵設備が少ないため原材料の生産までしか行えないものもあります。
魚醤(ナンプラー)などはカンボジアで原料となる魚から発酵までの生産はしていますが、精製設備がタイにしかないため、中間材を輸出して完成品をタイで生産している、というような構造のものもあります。

主要都市間は国内航空路線で結ばれています。(シェムリアップ航空など)
また、メコンデルタ流域では高速艇による水路が発達しており、主要な移動手段となっています。
道路事情があまり良くないためバス路線はミニバスが中心になっています。


カンボジア人社会は男性中心の社会であり、戦前の日本のような閉鎖的な農村社会が依然として続いています。
通信や電気設備が都市部にしかないためTV放送なども農村では限られたものになっています。ただし、タイやベトナム等の周辺諸国からの放送は国境を越えて簡単に入ってきますし、設備さえあれば、東南アジア全域の衛星放送も受信可能です。


カンボジアでの日常の交通手段は小型のオートバイがポピュラーです。主に、タイ製のホンダ・スズキの小型オートバイが人気でステイタスになっています。
自動車は政府関係者や外国資本の会社関係者くらいしか所有していないのが実際のところです。
カンボジア国内で生産されている自動車は、外国製のトラックの車台を利用したものが殆どのようです。


娯楽は、ローカルの歌手・カラオケ・格闘技・ビリヤードなどが挙げられます。隣国のタイでも同様の娯楽が楽しまれています。

                                (2002年レポート作成時による)

[2002年4月時点]
シェムリアップ市内のメイン・ストリート

ガソリンスタンドが映っているが、地元の人達のバイクは路上で空き瓶に入れて売られているガソリンを利用しているそうだ。
ガソリンは高価で日本並み。


空港~市内へのメイン・ストリートは小渕内閣当時のODAによるもので、『小渕道路』と呼ばれている。
信号機は一つだけあるが、住民は使い方が分からないので殆ど無視されている(現地ガイド;談)

市内唯一のコンビニエンス・ストア

コンビニで売られているものは殆どが輸入品であるため、大変高価。地元の人は買わない。

地元の人が利用するマーケット

遺跡エリアへの入り口




この辺りは他のところに比べて異常にきれいに整備されている。
入場料金は1日券20US$、2日券40$(2002年)と高価であるが、料金の一部は遺跡の修復・保存に充てられる。
(2002年現在)このエントランスに続く付近から首都プノンペンへ続くハイウェイを建設中。
日本・フランスの援助が大きく、この近くにもフランスの援助によって建てられた小児病院があり、産科の病院も増設中である。
日本のAEONグループによる植林(樹)もこの近くで見られた。
関連記事
OSO001
Posted byOSO001