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カンボジア⑨

⑤カンボジア及びアンコール遺跡群に対する『国際協力』

フランスが宗主国であった植民地時代にはフランス極東学院(前述)だけがアンコール遺跡群の修復・保存を独占しており、当然のこととしてそれは宗主国フランスの利益を目的としたものであったので当のカンボジア人は補助的な労働力として使われていたに過ぎなかった。

独立後もカンボジアは内戦が続き更にポル・ポト政権による支配下で多くの国民が虐殺もしくは不自然死に追いやられるという状況の中、多くの知識人も失われることとなり、国は疲弊し、自国のみではこの巨大で複雑な遺跡の修復・保存を行うことはできなくなっていた。
カンボジア政府はUNESCO、フランス、日本などに援助・協力を求めた。

1991年、『パリ和平協定』後、シハヌーク殿下は国家再建のためカンボジアの象徴であるアンコール遺跡群を世界遺産に登録することを宣言し、UNESCOは1993~1995年の3年間に5項目を整備する条件で世界遺産登録申請を受理した。
[5項目]
遺跡保護の法整備
国立の遺跡保護機関の設立
恒久的な境界の設定
国際協力を調整する枠組みの設定
緩衝地帯の設定

つまりは、遺跡修復は単に壊れた建造物を修復するのみならず、国家を以って周辺整備、人材の育成及び確保をも行わなければならないということである。
それにより、1993年、カンボジア政府は第一次5ヵ年計画として
1. アンコール周辺の環境の回復・復旧
2. アンコール遺跡の修復・保存・維持
3. 人材育成
4. 情報の公開と地域住民の参加
5. アンコール地域の社会文化の発展
6. 観光開発
を発表した。
更に、1996年にアンコール地域遺跡整備機構(APSARA)[Autorite Pour la Protection du Site etl'Amenagement da la Region d'Angkor]を設立しました。
これらは自ずと国家、地域の発展に繋がるものになり、更には観光のためだけの(ホテルなど)乱開発を防ぐものにもなります。
そして、将来的には自国で遺跡の修復・保存、社会の発展のための礎となっていくものです。

日本は1980年ポル・ポト派支配の終焉後、最初の外国人として上智大学教授を中心とする遺跡の修復・保存活動に携わっており、現在では日本国政府としてアンコール遺跡救済チーム(JSA)[Japanese Government Team for Safeguarding Angkor]を通じてアンコール遺跡の修復・保存事業を実施、更に現地技術者への技術移転・人材養成を行っています。
2000年8月までに専門家のべ500人以上、ボランティア約120名を送り、技術供与などの支援をしています。経済協力として94年11月~98年4月までに約1000万US$を援助することになっています。

⑥遺跡エンジニアリング

ここまでの援助・協力による修復・保存の活動だけでは、まだ、単なる建造物の修復でしかない。
ここで、遺跡エンジニアリングという手法が出てくるのである。そして、それは実際にカンボジア・アプサラ(APSARA)総裁によって取り入れられているということです。

これは、学術的な遺跡の修復・保存活動と遺跡を巡る社会文化発展を有機的に結びつけ、地域の経済発展の後押しとなるような戦略のことである。

文化遺産であるアンコール遺跡群をどのようにして現在のカンボジアに位置づけていくか、長い時間はかかるものの、うまくいけば遺跡を保護しながら良質の文化観光を実施し、それにより育成された専門の人材により修復・保存、更に維持・管理が半永久的に可能となり観光事業の発展、人材開発を行えるというものである。

アンコール遺跡自体に社会的な役割を持たせ、発展させていくという『遺跡エンジニアリング』という考えは大まかには次のようになる。

遺跡の意味・価値・重要性を中心とし、
1. 学術振興
2. 遺跡の修復・保存
3. 専門家の育成
4. 学校教育・生涯学習
5. 文化観光振興
6. 社会文化発展

もちろん、専門的にはもっと複雑なものであります。
しかし、このことをふまえて地域に暮らす人々や伝統を尊重し、国の象徴であり戦争・内戦・混乱の中にもこの地にあって永く人々に愛されてきた遺跡が、ただ単に後世に残すための建造物ではなく、現在この地に暮らす人々・地域・国のために役に立つ『資源』としてとらえることができる、このような考えがあるのです。

遺跡の修復・保存を今、残すための一過性の作業がけで終わらせず、共に人材育成などを行うことによって自分の国のものを外国に頼らず自分達の手で出来るという誇りにも繋がると思います。
それは、今現在ことだけではなく、この先、将来もずっと行って、更にその地に住む人々に還元されなければならないのです。外国からの観光客ためだけのものではないのだから。

カンボジアは現在もまだ経済的にも苦しい立場にありますが、考え方一つ、やり方一つでこの先すばらしい発展を遂げることのできる可能性を秘めていると思います。
また、そうなって欲しいと願ってやみません。

そして、カンボジアのみならず、他の国・地域においてもたくさんあり、これから私達も出会うかも知れない様々な遺跡たちを今後は『そこにある古い建造物』ではなく、その地に栄えたかつての文化がいかにして現在に受け継がれているのか…と、違った目で見ることができるかもしれません。
その『目』は単に物を映すだけではなく、まだまだ助けを必要としているところに役立てられるかもしれないのです。

最後にこの『遺跡エンジニアリング』は

遠藤宣雄 氏
[現在、上智大学アジア文化研究所客員研究員・国連ボランティア・カルチャースペシャリストとして、アンコール遺跡の文化発展のため1996年よりカンボジアに滞在]
『アンコール遺跡と社会文化発展』の第二章『遺跡エンジニアリング』
より参考にさせていただきました。


(すべて、2002年7月現在のレポートによるもので、現在は状況等変わっていることもあると思いますが、ご了承ください)


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