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丸市菓子舗 【堺・街あるき】

今回紹介するのは老舗の和菓子屋さんです。

和菓子好きな方、チェックですよ~!



場所はこちら↓


大小路通りから山之口商店街へ入り、途中で大道筋の方へちょこっとだけ抜けます。

<山之口商店街>

↑写真の左側、自転車がいっぱい置いてある所を曲がると、、、
こんな場所です。

ちょうど手前にコインパーキングがあるので私はいつもそこに車を置きます。



コインパーキングからほんのちょっと行くとこちらの店がございます。

丸市菓子舗


堺市堺区市之町東1−2−26
TEL;072-233-0101
9:00〜18:00
年中無休
明治28年創業の老舗菓子店です。



許可をいただいて店内を撮影。
何度か行ってる店ですが、いつも丁寧な対応をしてくださいます。



外から見ても分かるとは思いますが、小さな店です。
でも、歴史を感じる引き戸の入口といい、いい感じです~。

老舗の和菓子屋さんって、ピカピカに新しいよりこういう雰囲気の方が美味しそうに思わない?(私だけ?)



奥のガラスケースには『斗々屋茶碗』をはじめとするお茶の道具ですかね。





さて、こちらの一番の名物と言えばやはり『斗々屋茶碗』をそのままの大きさで再現したお饅頭でしょうね。
名前もそのまま『斗々屋茶碗』でございます。

こちらのお店では千利休にちなんだ様々な商品が作られています。
この『斗々屋茶碗』もその一つ。

斗々屋茶碗(ととやちゃわん)の名前の由来は千利休が魚屋(ととや、と読みます)の棚から見つけ出したとも、斗々屋という人物(たぶん屋号でしょうね)が所持していたためという説などがあります。
高麗茶碗の一種であります。

千利休は日本の茶聖として知られていますが、元々は堺の商人でありました。
主に納屋衆と呼ばれた倉庫業を営む商家で、その屋号を『魚屋』(ととや)と言いました。
時代劇などを見るとたまに「ととや!」と呼ばれてるシーンなどがありますので、機会があれば聞き逃さないようにしてみてくださーい。

中世、信長が活躍した時期には堺の会合衆(えごうしゅう、又は、かいごうしゅう)の一人、商人として商いをしていました。
会合衆というのは堺の豪商(主に10人とされる)で、堺は武士が治めずにこの会合衆と呼ばれる豪商たちによって治められていました。
その当時は千宗易(せんのそうえき)という名で、信長亡き後、秀吉の茶道となってから『利休』という名になりました。

この饅頭はそんな千利休に由来したもので、丹波大納言と柚子餡の2層からなるものです。
2層になってるのが分かるかしら?

実はこれ、けっこう大きいのでウチでは買ったことがなくて、よそ様へのお土産などに買うばっかりなので実物の写真がありません~。
(↑写真はお借りしたものです)

ウチはジジババ世帯なので大きいのはムリなのですよ。
しかし、ご心配なく、そんな世帯にはこういう小さなサイズもありますので~!





以前にも少し書いたと思うのですが(たぶん)堺にはこういう感じの老舗の和菓子屋さんは多いです。
その中でどこの物をお土産にするか、いつもすごく悩むので、祖母にお伺いを立てました。

母方の祖母の家は江戸時代からの老舗和菓子卸をしているので、こういうのにすごく詳しいんですよ(齢93歳)
で、聞いてみましたら、
「そら、丸市さん(丸市菓子舗)やで~!」
と、即答でしたので、それ以来お土産にはこちらのお菓子を持参することにしているのです♪
(ばーちゃん、サンキュー、また遊びに行くからね)

ばーちゃんからは他にもお菓子屋さんの話を聞きましたので、また機会があればそれもどこかで書いていきますね。





話がそれましたが、こちらの丸市菓子舗さんでは他にも利休にちなんだ御菓子が色々あります。
利休古印・・・利休の使用していた納屋判(なやばん)、竹判を模した干菓子
斗々屋最中・・・最中の皮と餡が別々になっていて、自分で好きに詰めていただく最中、皮にはやはり竹判の模様がされています
などなど。

他にも季節の生菓子、堺の名物にちなんだ御菓子などがあります。

ちなみに、三笠(みかさ)焼きなど、自宅用に買って帰ったこともあるのですが、写真を撮る前に家族に全部平らげられてしまいました…。
美味しかったと申しておりました~(まったくもう!)





堺のお土産にいかがですか?
デパートなどでも売ってますが、機会があればぜひこちらのお店の方へどうぞ!




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