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『山口家住宅』 <七まち(ななまち)歩き⑥-1> 【堺・街あるき】


これまでの『七まち歩き』はこちら

阪堺線、妙国寺~高須神社
高須神社~薫主堂(北半町)
③-1『まちづくりりギャラリー&茶店 ろおじ<その1>』
③-2『まちづくりりギャラリー&茶店 ろおじ<その2>』
『清学院』
『水野鍛錬所』



『水野鍛錬所』の後、少し南へと下って行きます。
【MAP】
 クリックで拡大

の付いてる所がこれまで歩いた場所



チン電の綾ノ町の停留所を少し超えた辺りでこんな景色が現れました。

古い、趣のある建物です。

反対側から。

こちらの建物は、、、

山口家住宅


堺市堺区錦之町東1丁-2-31
TEL & FAX:072-224-1155
10:00~16:00(入館は15:45まで)
定休日:火曜日
駐車場:なし
入場料:200円(割引等あり、ご確認ください)
平成24年8月1日(水)~10日(金)は、玄関土間改良工事のため、臨時休館

img_4 (2) img_5 (2) 




それでは中へ。。。

なお、こちらへは何度か足を運んでおり、写真も多く撮ってありますので何度かに分けて書くことになりそうです。

山口家住宅は江戸時代の初めに建築されました。
大坂夏の陣(慶長20年・1615年)の戦火により堺の町(昔の環濠内の部分)は全焼しました。
その後、江戸時代となってから、かつて町があった土地の上に色々な建築がされましたのでそれ以前の物はほとんど残っていません。

昭和になってからは現在の堺市の旧市街地区(土居川の内側)が空襲に遭いましたのでまた町が焼失してしまいました。
2度大きな火災に遭っているのです。

ですから現存する江戸時代の建物などは貴重なものであると言えます。



表側入口から入るとすぐ右側に受付があります。
左側には6畳の座敷と続きになった10畳の座敷があります。

「ひな飾りめぐり」の時にはお雛様が飾られていました。


同じ場所で、別の時には福助人形が飾られていました。


この先が母屋(主屋)部分になります。

元々の主屋部分に後に何度か増改築がされています。

詳しくは
図にて。

江戸初期に建築され、安永4年(1775年)に大修理された主屋部分。

すごい天井!

現存する江戸時代の町家として重要文化財に指定されています(昭和41年・1966年)

大変広い土間があり、梁と束・貫で構成する和小屋が組まれています。



こんな所に籠が!?

実際に使われていたものでしょうか?



土間部分から先ほど入ってきた入り口を見たところ。



土間には大きな竈。




福助の展示の時には竈の蓋の上に福助人形がいました。

その向こう側にはタイル張りの水場、これはだいぶ後になってからの物でしょうね。

奥に勝手口(?)がありますので外へ出てみます。





江戸時代には「京の着倒れ大坂の食い倒れ」とともに、「堺の建て倒れ」と例えられたように、堺衆は建物に贅を凝らしたといわれています。
この建物はその名残りを残すものとしても貴重であると言えるでしょうね。。。





つづく。。。







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