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『山口家住宅』 <七まち(ななまち)歩き⑥-3> 【堺・街あるき】

これまでの『七まち歩き』はこちら

阪堺線、妙国寺~高須神社
高須神社~薫主堂(北半町)
③-1『まちづくりりギャラリー&茶店 ろおじ<その1>』
③-2『まちづくりりギャラリー&茶店 ろおじ<その2>』
『清学院』
『水野鍛錬所』
⑥-1『山口家住宅』<その1>
⑥-2『山口家住宅』<その2>



『山口家住宅』<その2>からの続き。

【MAP】
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img_21.jpg 






南の間、中の間を通って北の間から西土蔵へ入り、奥座敷の方へと移動します。

<西土蔵から北の間>

<北の間横の階段>

2階へは上れません。

<北の間の床板>
も…もしかして開けちゃいけなかったのかも…

(何も書いてはいなかったが)



<次の間>

<奥の間>

写真は福助人形展示の時のものですが、ひな飾りの時にはこんな掛け軸が飾られてました。

<茶室>

床の間に近い方に炉が切ってあります。

茶室に敷かれていたのは『堺緞通』(さかいだんつう)

『堺緞通』については以前に少しだけ触れました
堺伝統産業会館DEN


『堺緞通』
原産地は中国。
江戸時代元禄年間(1688~1704)長崎の中国人を通じて伝えられ佐賀城下で生産が始まりました(鍋島段通)
その後、鍋島藩を通じて堺にも伝えられました。
また中国の万暦氈(ばんれきせん)に触発されて試行錯誤の末に商品化に成功した『赤穂段通』があります。
鍋島、赤穂、堺の3つは三大段通と言われますが、鍋島、赤穂が国内向けの生産だったのに対して、主に輸出を重視したのは堺段通でした。



奥の間、次の間からは庭を愉しむことが出来ます。







これで一応一番奥まで行きましたので、最初の場所へと戻ります。
最初に玄関から入った際に見えた和室は玄関側から、玄関の間、西座敷、となっています。
その玄関の間の方にはこんなのがありました。

何か分かります?

なぎなたを置いておく場所です。
時代を感じますね~。





最後に西座敷に飾られた雛人形を(季節をすっかり外してしまいましたが…





また、福助人形の展示の際にはこんな掛け軸も。

そして、トリはやはりこれでしょう。
ちと怖い福助人形の団体。

絶対、夜中に一人ではこの部屋には入れないです





3回にもなってしまった。。。
ホント、纏めるのが下手ですみません、書き出すとあれもこれも書きたいと思ってしまいますので。



この後もう少し七まちを歩きます。




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