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『鉄砲鍛冶屋敷』<七まち(ななまち)歩き⑧> 【堺・街あるき】
Category:☆ご近所散歩☆
これまでの『七まち歩き』
①阪堺線、妙国寺~高須神社
②高須神社~薫主堂(北半町)
③-1『まちづくりりギャラリー&茶店 ろおじ<その1>』
③-2『まちづくりりギャラリー&茶店 ろおじ<その2>』
④『清学院』
⑤『水野鍛錬所』
⑥-1『山口家住宅』<その1>
⑥-2『山口家住宅』<その2>
⑥-3『山口家住宅』<その3>
⑦『花市』『喫茶・FUTABA』『鳳翔館』
詳しい説明はこちらをどうぞ↓

1543年、種子島に漂着したポルトガル人から伝わった鉄砲(火縄銃)、その製法は橘屋又三郎などによって堺にも伝えられました。
戦国時代と呼ばれた中世、それまでの槍や刀の戦いに新たに鉄砲が加わります。
信長の鉄砲を使った戦術は歴史の教科書にも出てきますね。
「鉄砲を有する者が天下を制する」と信長に言わしめた堺銃は戦国武将から引っ張りだこ状態!?(当時、日本一の生産地であった)
多くの鉄砲鍛冶屋敷がここ北旅篭町に軒を連ねるようになります。
1543年、種子島に漂着したポルトガル人から伝わった鉄砲(火縄銃)、その製法は橘屋又三郎などによって堺にも伝えられました。
戦国時代と呼ばれた中世、それまでの槍や刀の戦いに新たに鉄砲が加わります。
信長の鉄砲を使った戦術は歴史の教科書にも出てきますね。
「鉄砲を有する者が天下を制する」と信長に言わしめた堺銃は戦国武将から引っ張りだこ状態!?(当時、日本一の生産地であった)
多くの鉄砲鍛冶屋敷がここ北旅篭町に軒を連ねるようになります。
こちらの屋敷跡はそんな鉄砲鍛冶の一つ、井上関右衛門の居宅兼作業場兼店舗で、「元禄二年堺大絵図」(1689年)にも記載されていることから町家建築としては日本でも最古の部類に入るとされています(市の指定有形文化財)
さて、↑は非公開でありますが、その向い側にあるこちらは土日祝のみ公開されています。
ちなみにワタクシ、平日と土日の2度ここを通っておりますが、どちらも閉まってましたので…。
町家を利用し、中に鉄砲を鍛造した炉が再現されているそうです。
火縄銃の使い方の説明や、鎧兜と陣羽織を着用できる「武将変身体験」(有料100円)もあるそうです(要予約確認)
堺鉄砲館
臨時休館することもあるので要確認です
堺市堺区北旅籠町西1-2-7
TEL:072-233-5258
FAX:072-233-8448
http://homepage2.nifty.com/hinawajyuu/
開館日:土日祝(11:00~16:00)
入場料:100円
問合せ先
・平日:(社)堺観光コンベンション協会 TEL 072-233-6601、FAX 072-233-3400
・土・日曜日:「鳳翔館」(11:00~17:00/8月・1月休館) TEL・FAX 072-205-5909
ちなみにワタクシ、平日と土日の2度ここを通っておりますが、どちらも閉まってましたので…。
町家を利用し、中に鉄砲を鍛造した炉が再現されているそうです。
火縄銃の使い方の説明や、鎧兜と陣羽織を着用できる「武将変身体験」(有料100円)もあるそうです(要予約確認)
さて、どちらにも入れなかったのですが(運が無い?)この辺りには戦火を免れた建物が残っていたりします。
もちろん、全てが江戸時代の物ではなく、その後の明治以降の建物になりますが、昔の面影を感じるには充分です。
もちろん、全てが江戸時代の物ではなく、その後の明治以降の建物になりますが、昔の面影を感じるには充分です。
古い部分を上手く残して綺麗に改装された家のようですね。
他には、
江戸時代も進んで行きますと、徳川政権も安定し、段々と戦も少なくなっていきます。
更に鎖国政策が解かれると西洋からまた新たな技術が伝来してきますので、堺の銃生産も姿を変えていきます。
更に鎖国政策が解かれると西洋からまた新たな技術が伝来してきますので、堺の銃生産も姿を変えていきます。
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