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【ハンガリー】Sopron(ショプロン)から日帰りバス遠足。。。②☆『ヨーロッパ・ピクニック計画』

Fertőrákos

ショプロンから日帰り遠足、つづきです。。。

のどかな景色は続きます。

ちょっとカワイイ陶器の店(ギャラリー?)などもあります。




一応、値札も付いてるので売ってるんでしょうけど、店っぽい感じもなく、人も居ないし、ましてや、お土産屋さんって雰囲気も全然ありません。
買えば良かったかなぁ、などと思いながら更に歩く。



バスを降りてから、ほとんど1本道をてくてく歩いている。
地図はこちら↓(クリックで拡大して見ていただけます)
【MAP】
地図に赤く書かれた道を歩いています。

道なりに時々見かけるオブジェ。


これで、そろそろここがどういう場所か見当が付いてきた人もいるでしょう。。。

1989年、ベルリンの壁崩壊のきっかけともなった、『ヨーロッパ・ピクニック計画』 の舞台となった、
オーストリアとの国境近くの町、『フェルトゥーラーコシュ』 です。

ハンガリー、ショプロン県のここ、フェルトゥーラーコシュ は、地形的にオーストリアに食い込むような形になっている
国境地帯なのです。
詳しい事はのリンクなどを見ていただく事にして、(長くなるので)、東ドイツから西側へ脱出するのに、
まずハンガリーへ行き、ハンガリーからオーストリアへ抜ける、というルート上に、ここの場所があった、というわけです。
(詳しくはこちら↓などから…)

汎ヨーロッパ・ピクニック計画


1989年11月9日、東西冷戦の象徴だった「ベルリンの壁」が崩壊しました。
誰もが予測しなかったこの歴史的大事件は、わずか数人の男たちが仕組んだ奇抜な計画から始まりました。
「ヨーロッパ・ピクニック計画」と名付けられたその計画は、オーストリア国境に接するハンガリーの小都市ショプロンで、
東西の住民の交流をうたったイベントでした。
しかしこのイベントの最中、自由を求める大量の東ドイツ国民が西側のオーストリアに脱出したのです。
この事件をきっかけに東独の亡命者は奔流となり、やがてはベルリンの壁をも突き崩し、東西ドイツの統一へと
進んでいくことになります。
汎ヨーロッパ・ピクニック-Wikipediaより
ハンガリー政府観光局、『汎ヨーロッパ・ピクニック計画』より

鉄条網がモチーフとなっているのは、88年に難民条約に加盟したハンガリーが、
89年4月にオーストリアとの国境に張り巡らされていた鉄条網を切り離した事、
それをきっかけに集まった人々が、次々と国境を突破していった事からなのでしょう。
(また、その状況を見て、何とか彼らを救おうと計画を立てたのはハンガリーの有志達)



と、いう事で、この辺りの特殊な地形、ローマ時代から続く採石場、全てふくめて、世界遺産に指定されています。




今はこんなにのどかな風景があるだけなのに、実はこんな歴史的事実があったんですね!


、、、と、たまにマジメになると疲れたので、休憩タイム。(←こらこら
 



お茶を飲んだら採石場へ行ってみます。






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