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Category[Report]カンボジア 1/1

夜景・夕景②

カンボジア・シェムリアップカンボジアは未だ地雷の恐怖に苦しんでいます。遺跡のあるところは観光資源なのできれいに取り除かれていますが、それ以外はまだまだうち捨てられたままの状態のところがたくさんあります。埋めた国が責任もって全部とりのぞいてください。美しい夕景を見たら、カンボジアの平和を思わずにはいられません。...

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カンボジア①

以前、ゼミの課題で「アジア」のお題を出された時にカンボジアのアンコール遺跡群と遺跡修復に伴うカンボジアの経済復興についてレポートをまとめました。なぜ、カンボジアを選んだのかと言えば、その時たまたまカンボジアのシェムリアップ(アンコール遺跡群)とベトナム・ホーチミンへ行く予定をしていたから、というだけの理由なのですが、レポートは真面目にやりましたので、それを含めて書きます。レポートでは、カンボジアの歴...

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カンボジア②

②アンコール遺跡群SIEM REAP 全図(Ministry of TourismのHPより)アンコール遺跡群 位置図(Ministry of TourismのHPより)《Ministry of TourismのHP》http://www.mot.gov.kh/[ 概 要 ]カンボジアの首都・プノンペンの北西約240㎞に位置する。9世紀初頭(802年)から約600年もの間アンコール(カンボジア)の地を支配したアンコール王朝の建造物。密林の中に大小、約700もの建造物が点在している。15世紀前半に王国は衰退し、王都は...

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カンボジア③

②アンコール遺跡群Ⅰ.アンコール・ワット(寺院によって造られた都城)約2平方㎞、3重の回廊に囲まれた高さ65mの中央祠堂を中心に4基の塔堂があり、この併せて5基がヒンドゥー教における「世界の中心」である「須彌山(メール山)」を象徴している。周囲は幅190m、南北1.3㎞、東西1.4㎞の環壕に囲まれている。これは、大海原をそして周壁はヒマラヤの霊峰に見立てられている。1113年~1145年頃、スールヤヴァルマンⅡ世によって建立された...

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カンボジア④

②アンコール遺跡群Ⅱ.アンコール・トム(大きな都市)約9平方㎞に及ぶアンコール王朝の城壁内全域を指す。南大門、北大門、西大門、東側には勝利の門と死者の門の8mの高さの5つの門がある。内側にバイヨン寺院、象のテラス、ピミアンナカ、バプーオン(ヒンドゥー寺院)、北クリヤン、南クリヤン、などの遺跡が残っている。1181年、アンコール・ワットの北約1.5㎞に前王の残した寺院や祠堂のある場所にジャヤバルマン7世が建立を始めた...

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カンボジア⑤

②アンコール遺跡群Ⅲ.バンテアイ・スレイ(女の砦)967年、ラージェンドラⅡ世、ジャヤバルマン5世の摂政であるバラモンの高僧である王師・ヤジュニャヴァラーハ建立のヒンドゥー教寺院。アンコール・ワットの北東約30㎞に位置する。外周約410mの敷地に3重の周壁が囲み、3つの祠堂と2つの経蔵がある。小さな寺院であるが、彫刻・彫像がアンコールの至宝と言われるほど優れており、中でも北祠堂の四隅に彫られているデヴァター(女神像)...

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カンボジア⑥

②アンコール遺跡群Ⅳ.タ・プローム1186年、ジャヤバルマン7世(アンコール・トムのバイヨン寺院と同じ)建立の仏教寺院。ジャヤバルマン7世が亡き母の菩提を弔うためにアンコール・トムの東に建てた。東西1㎞、南北600mの敷地に約60の塔堂が建ち列柱回廊で結ばれていたが、現在は約3割しか残っていない。発見当時からガジュマルの木の根が張り巡らされて石組を破壊していた。現在のなお木の根による破壊は進んでいるが、修復不可能で...

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カンボジア⑦

③アンコール遺跡群の現状前述のタ・プロームの例でも分かる様に、遺跡の多くは崩壊が進み修復が急がれている。遺跡群は古いもので創建後約1100年は経過しているため、主に砂岩でできた建造物は風雨による侵食や、熱帯雨林気候に属するため繁茂する植物による崩壊が今もなお進んでいる。歴史からも分かる様にカンボジアでは70年代から20年余にもわたり国内が混乱し、国際的に修復が始まったのは93年になってからである。現在、30も...

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カンボジア⑧

④現在のカンボジアの状況正式名称、カンボジア王国(Kingdom of Cambodia)首都、プノンペン国土、日本の約半分。人口、1140万人(1998年の統計)民族、クメール族が約90%以上、言語(公用語)はカンボジア語、宗教は殆どが仏教(上座部仏教)主な産業は農業を主とした第一次産業が中心で、国民1人あたりのGDPは2000年の統計で253US$。カンボジアはインドシナ半島に位置し、周囲をタイ、ラオス、ベトナムに囲まれていて、南はタイ湾に...

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カンボジア⑨

⑤カンボジア及びアンコール遺跡群に対する『国際協力』フランスが宗主国であった植民地時代にはフランス極東学院(前述)だけがアンコール遺跡群の修復・保存を独占しており、当然のこととしてそれは宗主国フランスの利益を目的としたものであったので当のカンボジア人は補助的な労働力として使われていたに過ぎなかった。独立後もカンボジアは内戦が続き更にポル・ポト政権による支配下で多くの国民が虐殺もしくは不自然死に追いや...

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